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特集

名古屋商科大学ビジネススクール 竹内伸一教授に聞く「干支4周目のキャリアの描き方」

これからの40代に贈るWebメディア「となりのイトウさん」。特集「”干支4周目”からのキャリア」は、36歳からのキャリアについて考えます。若手のキャリアに関する情報は世の中に溢れている一方で、有用な情報が比較的少ない「歳を重ねてからのキャリア」を探求していきます。

今号は、ケースメソッド教育を専門とする竹内伸一教授にご自身の経験やMBA受講生のキャリアを見届けてきた体験からお話を伺いました。

profile/
竹内伸一さん:名古屋商科大学ビジネススクール 教授、日本ケースセンター 所長

ケースメソッド教育とは?
ケースメソッド教育とは、「討議用ケース」を用いて行う討議型授業をつなげてカリキュラムを構成していく教育形態の総称です。

選択のために立ち止まる

- 干支4周目(36歳~)はキャリアにおいてどんな時期だと言えそうでしょうか。

これからお伝えすることは一般論ではなく、僕個人の体験をもとにしています。新卒で入社した企業が良くも悪くも大企業であり、干支3周目までそこに勤続していたことを前提として、読み進めていただきたいことを前置きしておきます。

干支4周目という時期は、干支3周目までを順調に過ごし、この会社でのそこそこ明るい未来が見えてきた人たちが、この先への不安を感じる時期だろうと思います。企業に勤めている人であれば、自分と会社との関係を考える時期でしょうね。

会社に居続けている先輩たちを見て、自分もこの会社でキャリアを積み上げ、花を咲かせてキャリアを締めくくれるだろうかと考える。特に大企業では、やりたいことや関わりたい仕事があっても、叶わないことも当然ある。転勤をさせられる可能性だってある。社会人になりたての干支3周目では見えなかったことも見えてきて、色々と考えるようになるのでしょう。

自己実現をしていくのに今の会社は良い舞台なのか。そんなことも考えて、力をつけてきた人が会社を出る選択をするのもこの時期ではないかと思います。

立ち止まって考えて、キャリアの選択をしていく時期なのでしょう。

会社と社員の関係は、貸し借り

- 先生ご自身は干支4周目に入った頃、どんなことを考えながらキャリアを歩まれていましたか。

このまま会社に従うか自分のワガママを通すか、自分自身の力量は高いか低いか、そんな縦軸と横軸で自分はどこに位置するか、会社と自分の間の貸し借りを考えていましたね。


ちょうど37歳頃に転勤の内示があり、会社を退職することを選びました。この転勤はキャリアアップのチャンスではあったけれど、転勤が嫌でしたし、もう十分会社には仕えたかなと思えていたので。

内示を受けて転勤か退職かを検討し始めた頃、自分の市場価格を知ろうと少し転職活動をしました。大きな仕事を成し遂げた後にキャリアアップの内示をもらっただけあって、社内で自分が評価されているのは感じていましたが、会社は会社のコンテクスト(文脈)で自分を評価しているので、そこから出たらどうなるのか。自分のやってきたことの棚卸し、中間総括をして、30代後半の人々の中で自分はどんなところに位置するのか相対化を試みたんですね。その結果、自分に市場価値がないわけではなさそうなことが分かり、ならば転職を急がずにさらに力をつけようと考え、大学院へ進学することにしました。

好きなことより、能力が発揮できることを

- 干支4周目からは、自分の可能性をどんなふうに見つめていくと良いでしょうか。

可能性を見つめるというよりは、見極めることが大切なんじゃないかな。僕は「好きこそものの上手なれ」をあまり信用していないんですね。どんなに好きなことでも、向かないこともある。
好きなことややりたいことに目を向けるより、どのフィールドなら自分が生産性を上げられるか見極める必要があると思います。

連続テレビ小説「エール」(※2020年にNHKで放映)の中に「人よりほんの少し努力するのがつらくなくて、ほんの少し簡単にできること。それがお前の得意なものだ。それが見つかれば、しがみつけ。必ず道は開く」という台詞があって、非常に良いなと思ったんです。無理なく自然体で上手くできることは、長続きしますから。
競争はどこでもつきまとうので、どんなルールの戦いに身を置くか考え選ぶことが大切だと思います。

描いていた夢を精査し、実現可能性と本気度の低いものを諦め、高いものを残して道を絞っていく。そんな時期が干支4周目付近なのではないでしょうか。

自分のフィールドを見極めるときに大事なのは、それまでに作った資産を活かすことです。昔あった玩具のパチンコって分かりますか?干支3周目までにそのゴムをググッと引くイメージです。力を溜める。それからどの方向に放つのか見極めて、干支4周目に入ったあたりでいざ放つ。

僕自身の場合は、その放った方向が大学院への進学から教員の世界へ進むことでした。今思い返すと、「教授を目指すぞ!」みたいな強い志がなかったからこそ続けられた気がしますね。ある程度進んでみて手応えを感じたらさらに進む。それを繰り返し、自分が身を置くべきフィールドなのかを見極めながら慎重に歩んでいきました。

これと似て非なる話で、大器晩成の人たちもいますね。企業の中にいて、20代30代では目立たないけれど、周囲が落ち着き出した40代後半頃から急に輝きを増すような。そういう人たちは、やっぱりパチンコのゴムを引っ張って力は溜めているんです。それを発揮できる環境条件がなかなか整わなくて、大器晩成となるのでしょうね。

役割分担で、お互いを活かす

- 自分のフィールドを見極める過程で、諦めていく夢とはどのように決別したらいいでしょうか。

ありのままの自分を活かし、そこに社会的な役割分担を重ね合わせることですかね。
例えば、僕は大学院に進学して以降一度もビジネス界(事業会社で働くの意)には戻っていません。だけど、ビジネス界への未練は長らく持っていました。企業に戻ったら役職者として力を発揮できると思っていた。余談ですが、そのシミュレーションをするのに専門であるケースメソッド教育で企業を題材にした討議用ケースを扱うことは大いに役立ちましたね(笑)。しかし、経営者になりたいわけではなかったんだと分かりました。これが「諦めた夢」です。でも、それほど苦しまずに諦められた夢でした。

名古屋商科大学大学院ビジネススクールに赴任し栗本博行学長と仕事をするようになって、自分が担うべき役割に気づかされました。経営トップとして活躍していかれる方は、身体能力が違うんです。やりたいことの実現に向けて走り続けられる。栗本学長の姿を見て、僕自身にはそんな身体能力はないし、トップを支える仕事のほうがはるかに向いている、こちらの方が上手にできると認められました。最初は少し残念でしたが、そのスタイルが大学の運営としてはるかに生産的だと気づいたことは僕にとって自己発見でしたし、社会的役割分担認識の再発見でもありましたね。

このメディアにある「イトウさん」のような方も、役割分担で自分の生産性を上げられるフィールドを見つけ、その人らしいところに収まり、いい仕事をしていっているんじゃないでしょうか。

一様ではなくなったキャリアの歩み方

- これからの時代の干支4周目は、昭和〜平成の干支4周目とキャリアにおいてどんな違いがあるでしょうか。

この質問に対して、「違いはない」と答えたかったんですが(笑)、やっぱり環境の変化があるので、違いはあるでしょうね。

昭和~平成はまだ企業にゆとりがあったので、仕事のなかに「遊び」があったと思うんです。
職場環境にある程度の自由度があって、その許された「遊び」の時間に、担当業務以外にも手を出して、自分の生産性を上げられるフィールドを見つけていったんではないでしょうか。今は、仕事の指示も明確で具体的になってきて、自分が活きる仕事を探り当てる自由度が減っていますよね。
遊びという意味では、だいたいどの部門にも「宴会部長」なんていうインフォーマルな役職があったりしました。「宴会をもマネージする」お茶目な発想とともに、組織上の部長でなくとも、仕事の範囲を宴会に絞れば「部長」に適任な人の受け皿があった。遊びのなかに活かされる場があり、納得感を持ちながら働くことができたのかもしれません。

また、キャリアが多様になってきたことも大きな違いと言えるでしょう。
昭和~平成では多くの人が企業内で何らかの役職に就くことを夢見て、36歳頃に夢から覚める。でも、今はもっと早く夢から覚める人が多いでしょうね。仕事にすべてを捧げない、完全燃焼しない働き方を選択する人たちも増えてきました。
多様なキャリアとして、起業やフリーランスといった働き方を選ぶ人も増えてきたように感じますが、昭和~平成にも存在はしていたものの光が当たっていなかったのでしょうね。様々な選択肢が市民権を得るようになった。そのなかに「頑張りすぎない働き方」もある。そんなイメージでしょうか。

昭和~平成は一つの会社でじっくりキャリアを積み上げていって後半で花開く、そんなモデルに価値が見出されていたのだと思います。でも、現代ではどこで努力してどこで花咲くかのバリエーションが多様になった。同じような道を皆が歩むわけではなくなったのですから、これからは人と比べることに意味がなくなっていくでしょう。

長いキャリアに必要な充電期間

これは干支4周目に限りませんが、現役世代であってもプライベートに時間を使う選択ができるようになってきたこともありますね。昔は定年退職までプライベートに時間を振ることは難しかったですが、男性の育休取得も徐々に増え、長いキャリアの中で充電期間を取ることができるようになってきていると感じます。充電期間は大事ですよ。

僕の場合、会社を辞めてから大学院に通い始めるまでが充電期間でした。それを最後に、大学院から今までの20年以上を走り続けているので、そろそろまた充電期間がほしいですね(笑)。

充電期間に何をしていたかというと、整理整頓です。物理的に書類等も溜まってきますから、モノと自分がやってきたことの棚卸し、整理整頓をして、リバイタライズ(新しい活力を与えるの意)する。

干支3周目の間にパチンコのゴムを引っ張って、4周目に入ったあたりでどの方向に放つか吟味して、放つ。それが軌道に乗ってから充電期間を取って、またその軌道に戻って活動を続ける。人生100年時代でキャリアが長くなっていくなかで、そんなサイクルが必要なのではないでしょうか。

人と比べない時代に、自分が確信できる幸せ

- 人と比べることに意味がなくなっていくと伺いましたが、それでも誰かと自分を比べてしまうことがあります。

人間の性として、優越感は支えになるんですよ。そういう意味では、これまで人を立たせるために、「多くの国民が優越感を持てる仕組み」を社会が作ってきたのかもしれないですね。江戸時代の士農工商なんかもそうだったのかもしれない。国をあげてのモチベーション対策。一本の線の上に人を並べて比較するのは、集団を束ねるときに有効ですから。

でも、現代は多様な選択を自らする人たちが出てきて、一本の線の上に人を並べるのは難しくなってきた。世間的に言われてる幸せではなくて、自分が確信できる幸せを見つけないといけない時代になったのではないでしょうか。羨望や優越感は長い期間で人間を支えてきたけれども、支える要因が変わってきているのでしょう。

これから干支4周目に入る人たちはあと60年くらい生きる可能性が高いですよね。その人たちがどんな時代を生きてどのように人生を終えるのか、まったく想像がつかないですね(笑)。今干支5周目を生きている僕ですら、介護はロボットにしてもらうことになるかもしれない。

時代が変わって選択肢が変わってきたとしても、好きなことだけを追求せずに人より上手くやれるフィールドを見極めて、会社に貸しがあるなら返してもらい、充電をしながら長いキャリアを進んでいきましょう。それが干支4周目を迎えた方々へのメッセージです。

インタビュー・執筆・編集:家本夏子 (株)エスケイワード
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