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インタビュー

世の中を前に進めるために。デザイナーから起業支援者への転身。

今回ご登場いただくのは、ブラザー工業株式会社の間瀬陽介さん。2004年にプロダクトデザイナーとして入社。プリンター、複合機、電子文具(ラベルライター)、家庭用ミシン、ヘッドマウントディスプレイ、燃料電池などの事業に携わってこられた間瀬さんが、現在は新規事業を創出する部門で「インキュベーター 兼 プロジェクトリーダー」として活躍されています。これまでの歩みとこれからについて、さっそくお尋ねしていきましょう。

間瀬 陽介さん:ブラザー工業株式会社
新規事業推進部
インキュベーター 兼 プロジェクトリーダー
※2023年3月現在

プロダクトデザイナーとしてキャリアをスタート

—間瀬さんの現在のお仕事についてお聞かせいただけますか。

新規事業推進部のなかの事業開発グループで、インキュベーションプラットフォーム「BAtON(バトン)」の事務局をやっています。BAtONとは、「社内起業家を育成して新規事業を創出する」といったイメージのプラットフォームです。それまでは部内のメンバーで新規事業のアイデア立案を行っていたのですが、それだけではアイデアの数も担い手も足りなかったため、「ブラザー工業全社員、約4000人からアイデアのみならず自ら新規事業を興したい人を募って育成しよう」と考えたことをきっかけに誕生しました。2017年のことです。

—間瀬さんのキャリアに「新規事業」はどのタイミングで出てきたのかな、と気になりますが、いったん過去にフォーカスして、ブラザー工業への入社の経緯をお聞かせいただけますか。もともとプロダクトデザインをしたい、メーカーで仕事をしたい、と就職活動をされたのでしょうか?

ブラザーでは事務系、技術系のほか、デザイン系という専門分野の採用枠が分かれていまして、私はそのデザイン系で入社しました。金沢美術工芸大学出身で、大学では製品デザイン専攻。当時、私の志望はビークルでした。バイクとか車のデザイン、いわゆるカーデザイナーになりたかったんです。

その一方で、大学3年の時に、学生と先生とのざっくばらんなディスカッションの場で「君は何をやりたいの?」と聞かれて、私は「デザインの力を活かして経営がしたい 」と言ってたんですよね。
ブラザーで13年間のデザイナー職を経て「新規事業創出」に携わっている現在のポジションは、自然な流れだったのかもしれない、と最近になって思うようになりました。

—就職活動時は、どんな企業を受けられたのでしょうか。

デザイン職は基本的に狭き門で、例えば採用枠1人のところへ全国から十数名ほどの学生がきて1週間くらい合宿ワークショップをやるんです。お題が出て、デザインをして、プレゼンテーションをして勝ち負けを競う、というコンペを勝ち残っていかないと採用されない。簡単には勝ち残れない世界です。

最初はバイクのデザイナーを志望していましたが、上手く進まず「どうしよう」と思ったタイミングで、目に入ったのがブラザーでした。名古屋は地元ですし、ブラザーのことは「いろんなことをやってる、面白い会社」だなと興味を持ち、挑戦しました。

—入社時の配属先は、プロダクトデザインの部署だったのでしょうか?

はい、名刺についた最初の肩書きは「デザイナー」で、グループのリーダーや先輩方について製品づくりに関するデザインのイロハから学んでいきました。ファックスや複合機、プリンターなどの外形デザインはもちろん、操作パネルなどの使いやすさ向上のためユーザーインターフェースのデザインも担当したのですが、それらの過程で「工場の生産プロセスはどういうものか」「お客様に伝えやすく製品を作るとはどういうことなのか」が身につきました。その後は各事業をローテーションし、すべての製品カテゴリを経験しながら 、社内向けのアドバンスデザインにも関わるなどしました。

前例のないものをデザインする

—間瀬さんがプロダクトデザインを担当されていた10数年の間で、特に印象に残っているお仕事があれば教えてください。

入社して数年はプリンターやラベルライター、ミシンなど自社の主要製品に携わり、2008年くらいからは新規事業の仕事をしていました。2012年に新規事業で研究していた「振動発電ライト」(電池不要で、振ると発電するライト)や、ヘッドマウントディスプレイの「エアスカウター」のデザインに関わったのが印象に残っています。エアスカウターは、工場の作業支援のために開発され、後に映像撮影やドローン操縦にも使われた製品です。将来の事業につながる可能性を持ったものをデザインする、とはいえ、デザインと一言でいっても製品開発なので、バンドの装着感を確認するなど 「いかに快適に装着してお客さんがやりたいことを実現するか」というゴールに向かって様々な調整もしました。

—ここで「新規事業」という言葉が登場してきました。「新規事業のデザインをする」とは「まだユーザーがいないなかでのチャレンジ」だと思うのですが、間瀬さんにとっての仕事の面白みはどこにありましたか。

誰もやったことがない、前例のない開発をするうえでトライ&エラーをしながら仕上げていくところに私は魅力を感じていました。先ほど話したように「お客様が目的を達成するためにどういうものが必要か」という、広い範囲で機能的価値や意味も含めて深く考えなきゃいけないところがすごく性に合っているな、と。

新規事業のデザインを担当すると、お客様に直接ヒアリングをする、開発チームに同行して現場へ行き、実際にリードユーザーとして使っている方の意見を聞いて設計やデザインに反映する、というプロセスを繰り返すのですが、それがたまらなく楽しかった。「お客様の視点に立って製品を作る、お客様を深く理解しようとするところ」だと新規事業を解釈すれば、ブラザーの基本精神“At your side.” にも共鳴したブラザーらしい活動をやっていると言えますし、その自負もありました。

世の中を前に進めたい。自ら動いたキャリアシフト。

—その次のステップといいますか、新規事業推進部へはどういう背景で移っていったのか、そのあたりを教えていただけますか。

会社の制度で異動希望を出していました。異動希望を提出したのには私なりに意味がありまして、「なぜ自分はデザイナーをやってきたか」という話に立ち戻ります。

絵が好きだから、形を作るのが好きだから、という話ではなくて、製品や、なんらかの試みとしてアドバンスデザインを作ることによって「世の中を一歩前に進めたい」という思いがずっとあったんです。
特に新規事業のデザインを担当していたときに、現場へ行き、お客さんにいろいろ言われて作り直す、その過程が大好きだと気づき、次へのステップとして現部署での仕事を希望しました。自然な流れではあったのですが、葛藤もありました。

—その葛藤とは?

デザイナーは多くの場合専門職であり、専門性を掲げて磨いてキャリアを歩んでいきますよね。私も13年やってきたデザイナー職から離れるということは、キャリアを捨てることになるという不安もありました。新規事業推進部では、どちらかというとジェネラリストであることを求められるというか、もっとなんでもやる世界になる。デザインのスペシャリストとしてキャリアを歩む同僚もいますし、管理職になっていく先輩もでてきた時期でしたから。

その頃、学生時代からの師匠に「昇進したいの?」「デザイナーとして磨いていきたいの?」それとも「面白い仕事がしたいの?」と聞かれて、即答で「面白い仕事」と答えた自分がいました(笑)。心では決まっていたみたいです。

共感=応援が集まり、推進力となる仕組みを考案

—現在の新規事業推進部でのお仕事としては、最初にご紹介いただいた「BAtON」の事務局というお立場もあると思います。それまでのデザインの仕事から新規事業の立ち上げに関わる環境には、すんなり入っていけたのでしょうか。

新規事業推進部に来てからBAtONを立ち上げるにあたって、「クラウドオピニオン」という、ブラザーの社員4000人をひとつのマーケットと捉えて、社員からの‘共感’をクラウドファンディングのように意見投票してもらう、という仕組みを考えました。ある意味デザインですよね、これも。
別の言い方をすると、「会社のなかでの新規事業の登竜門的なもののデザイン」をしたわけです。支援者が「これいいね、買いたい」などと意志表明することで、起案者がアイデアを形にするプロジェクトが立ち上がる、というシステムです。お金ではなく社員の‘共感’を集めるシステムで、ポチッと押すことで応援者が増えますよね。セクションごとに分断されたネットワークではなく、オープンな応援システムを作ることによって、「プロジェクトには参画できないけど、知識は授けられる」というアドバイザリーな人が出てきたりして、新しいパワーをもったシステムができるよう意図しました。他にも「1908LAB」というインキュベーションスペースのデザイン監修をするなど、目に見えるデザインもしました。

この辺りから私の中でのキャリアチェンジというか、やや未知の領域として経営学のレクチャーなどを受けながら「インキュベーターとして社内起業家を育てる」という仕事が加わってきた、という感じです。

デザインは、誰かを、何かを、支援する仕事

—間瀬さんのキャリアに、インキュベートする、支援する、という新たなキーワードが入ってきました。もともと何かを支援することに興味があったのでしょうか?

デザイナーってもともと‘サポーター ’なんですよね。製品やサービスを生み出す最初の工程には設計者や企画者がいて、そこにプロジェクトメンバーが参集しますよね。デザイナーは、そこで「どういうことがやりたいの?」「表向きはそうだけど本音はどうなの?」と根ほり葉ほり聞くんです。もしくはそれを聞いて、「あなたが考えているのは本当はこういうことでしょ?」など言い換えて表現するとか。そういう職業なんですよ、デザイナーは。だから素地としてはあった、ということだと思います。

—BAtONに集まってきたアイデアを、「新規事業の種として筋が良いかどうか」を見極める際の判断軸はどこでしょうか。

2つあって、ひとつめは「想いの強さ」です。本気でやりたいかどうか、覚悟を含めて決まっているかどうか。決まってないときは、覚悟を決めるまでのプロセスに付き合います。「あったらいいな、できればいいな」とアイデアを出すだけなら簡単なんですが、「人になんと言われようと自分は実現したい」と言い切れるかどうか。最初に「10年かかると思うんですけど、それでもやりきれますか」と聞くのですが、「はい」と即答する人は少なくて、だいたい悩みますよね。

—そういう覚悟を「引き出す」こともある、ということなんでしょうか?

そうです。まず話を聞いて本音を聞き、そこからアイデアの質をみます。アイデアの質というのは、アイデアの面白さもありますし、誰のためにどういうものを提供しようとしているのか、お客様を見ているか、というのも大事なポイントです。

あと、行動しているかどうか。口で言うだけでなく、それを検証、確かめるために誰かに話を聞いたかどうか。自分でテスト品を作ってみて、フィードバックを人から得ようとしたか。こういったところがすごく大事なポイントだと思います。
行動に移すかどうかっていうのは、その人の本気度を示すひとつのバロメーターになりますね。これが2つめのポイントです。

10年続けられるか、覚悟はあるかと自身に問う

—そういう明確な視点があってのことなのですね。間瀬さんのキャリアの話に少し戻しまして、プロダクトデザイナー+新規事業+インキュベーターの要素も加わって、間瀬さんは40代を迎えられました。40代をどう過ごすのか、何かイメージされていますでしょうか。

現在41歳。30代後半から今まで、ほぼこのBAtONの立ち上げや新規事業創出に注力してきたんですけど、基本的には事務局としてサポーター側に回ってきたんですね。仕組みを作って皆さんに頑張ってもらって。ところがずっと伴走してたプロジェクトに、自分がリーダーとして携わることになりまして。

いままで自分は数々のアイデア起案者に「10年やる覚悟はありますか?」と偉そうに聞いてたわけですよ。そのフレーズが自分にブーメランで返ってきた(笑)。やるかやらないかを本気で悩んだんですけど、答えは「やる」でした。

途中で逃げ出すようなものをやってはダメだ、と。新規事業は不確実性が高く、うまくいく保証はありません。頑張りきれなければ失敗する。エンジンを積んだ飛行機のように、出力が落ちれば(手を抜けば)墜落するわけですよ。でもこれまで伴走してきた経験から、最大出力で飛び続けなければいけない時期は必ずくると分かっています。苦しいときがやってきて、その壁を乗り越えられるかどうか。中途半端な気持ちでスタートすると、どこかで出力低下に陥るんです。壁に対峙したとき、乗り越える覚悟があるか。「10年やる覚悟はあるか?」と自分に尋ねて、私の答えは「Yes」でした。

40歳を過ぎて人生のなかで仕事ができる期間を見積もってみると、実際70歳になったら体力が落ちることは想像できますよね。となると、新しいことを成し遂げるような、10年がかりの仕事ができるチャンスは、40代、50代、60代のあと3回しかない。 つまり、自分の人生のなかで本気でやりたいことをあと3つ選んでください、と言われてるのに近いですよね。「覚悟」という点では、この3つのうちの1つとして選べるか、という視点が大きいです。 

—間瀬さんのお話には、意志が伝わってくる強い言葉が多く出てきました。そういった覚悟でキャリアを歩んでこられたし、これからも進化していかれるんだと思います。私たち40代への示唆に富んだインタビューとなりました。ありがとうございました。

インタビュー:扇本英樹 (株)Sparks
編集:家本夏子 (株)エスケイワード
執筆:村田真美 (株)Mana

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